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n048『ストックホルム』

日曜日の午前中に浜坂から帰芦。午後は、ルナ・パルパドスの一周年と僕の誕生会。Bisに場所を移して、その後はThe BarでMKを待ちながら・・・。深夜のトルコ航空でイスタンブール経由ストックホルム。アーランダに定刻の昼前に着いて、その足でターミナル5にあるインフォーメーションでSL(スエーデンの鉄道等の営業者)の3dayチケットを購入。230kr(クローネ=SKE)で、国鉄に乗る際にさらに85kr追加で支払う。これで、ゾーンや鉄道、地下鉄、トラム、バスの種類に関係なく3日間乗り放題。ストックホルムは物価が高い(日本より)ので有名だが、この切符は安い。アーランダ・エキスプレスだと空港・中央駅間で片道260kr、普通の鉄道料金でも片道124krだ。1krは約15円。これでどこへでも何回でも行けるのだから、僕のような公共交通機関好きで何度も乗る身には素晴らしい切符。急いでないので、アーランダ・エキスプレスには乗らず、在来線でストックホルムに向かう。途中駅で乗り換えて、さっそくBROに向かい、ラビ団地にご挨拶。一時間少しで着いたラビ団地は中層3階建て並行配置の団地再生。再生のデザイン思想が僕と共通で、細かいところはともかくなかなか良くできている。僕が日本の団地で提案している小さな建物を住棟に近接して配置する手法で、用途不可分の木造増築にも似た考え方だ。色彩も多彩で、天気の悪い冬でも楽しい感じが良い。小さなディテールの追加や、中央部を減築して取った中庭に面する妻開口も効いている。小さな片流れの外部物置や三角屋根の面白い洗濯室、あったりなかったりする専用庭のための塀、いずれもアドホックな感じが住宅地には好ましい。セントラルステーション近くのホテルにチェックインしてから、市内を少し歩きまわり、感じを確認して後は、駅の構内を見下ろすバーで白ワイン。立ち飲みにしては(別に座ってもよいのだが)高い。The Barより高いものなあ。でも、冷たい空気の中を歩いた後での冷えた白ワインは格別のうまさだ。部屋に戻って、Facebookの誕生日メッセージなどを確認。Facebookは普段全くといってよいほどやらないのだが、さすがに返事はせねば・・・。翌日、ハマービー・ショースタッドまでは、郊外電車と地下鉄(郊外では地上を走るのでトラムか)を乗り継ぎ40分ぐらい。ハマービー・ショースタッドは期待通りの町。開放的な開口やバルコニーが街路側にもあって、人気(ひとけ)のする風情。海岸沿いはデッキと葦、集中集塵システムも美しい。これが民間の分譲マンションだから、日本とはえらい違いだ。小さな中庭もあるし、海岸沿いの街区はきちんと隙間を確保してあって、内側の街区からも海への開放感がしっかり確保されている。まったく日本とはえらい違いだ。翌日に行った、運河のある小さな港町TROSAは鉄道とバスを乗り継いで2時間余りだが、着いたのは、さぞや夏は賑わうだろうという感じの海浜別荘地。でも運河沿いの小さな家々はなかなか良い。港に面して唯一開いていたレストランで、さっそく白ワイン。外のテラスで飲む。旨い。空気が冷たく、手袋をしていても指先が痛い。最終日は驚くほどの快晴。急いで朝食を食べ、急きょハマービー・ショースタッドとラビ団地に行って、写真撮影をすることに。ポイントはわかっているので、夕方の飛行機だが何とかなるだろう。せっかくなので、違うルートで周辺から回ることに・・・。といった今回の小トリップだった。ところで、n040で紹介したココロノアイ、見事チューリップ賞を勝って桜花賞へ。期待せずにはいられない。

No.142(2003.02.24)『盛岡』 先週末は、まちづくりシンポジウムで、盛岡。東京からは大阪と同じぐらいの距離の小京都とよばれる人口30万人たらずのまち。飛行機で花巻からバスで1時間ぐらいなのだが、うまい便がなく、18:30の飛行機で伊丹から仙台、バスで仙台駅、東北新幹線はやてで40分、夜11時前にホテル着。館内のお店で、地元の日本酒を飲み、かきなべを一人でつついていたら、翌日のシンポジウムのコーディネーターである水野一郎(金沢工業大学教授)さんと出会う。翌朝にまちなかウォッチングという思いは同じだったよう。小さなスケールの古い建物も良く残る、すてきなまち。外国の気持の良い小さな都市に行ったときに感じるような、開放感のあるまち。基調講演大村虔一氏、東京から盛岡に移り住み近代建築の保存もやる渡辺敏男氏、みちのく映画祭の仕掛け人の内澤稲子さん、私。翌日はJIA岩手主催の町歩き。「こうじ」のお店で朝から一杯。 No.143(2003.03.04)『照明器具』 先週の一日を、某照明器具のメーカーのデザイナーの人たちと過ごした。新しく開発する商品の参考にと、我々の設計した住宅を訪問し、また、同じく賃貸の集合住宅を訪問し、それらを見て、いろいろなことをディスカッションした。僕が一番言いたかったことは、天井にいろいろ付けたくないということ。一緒に昼食を食べたお店でも、壁から下はいろいろデザインされているのだが、天井がきたない。幻滅である。空間をつくるのに、天井、壁、床は基本で、できれば、そのどれにも固定したものは付けたくない。器具もあるが、電球も問題だ。気に入った器具のものは、電球がなかなか手に入らない。週明けに出会った増山さんは、コードさえも気に入らないと言う。ふうむ。デザイナーの人に寄れば、住宅用の器具は、特に熱の問題が重要で、デザインだけの話ではないところが難しいと言う。夜は、実際にお住まいの京の町屋を訪ねる。感謝◎。 No.144(2003.03.10)『マンションの形』 「・・・1963年施行の区分所有法であった。同法施行の翌年・・・分譲マンションは社会に認知され・・・今日の都市風景を形づくる本流ができていった・・・今日われわれを取り巻く都市風景の一部としての「マンション」の形、つまり、敷地形状と法定容積からのみ算出される形が定着したといってよい。・・・それ以降、都市風景の一部として供給されるマンションは、その形態を変えることなく今日まで供給され続け、マンション反対運動も現在まで絶え間なく頻発している。それから今まで30数年間、途中「中廊下型」プランの普及はあったものの、形態としてほとんど変わることがなかったマンションの形はすでに・・・「完成された」ものであったといいうるのだろうか?  この「普遍性」、あるいは「形態的貧困」は、おそらく土地本位制と大雑把な都市計画のあり方が変わらなければ、そのまま持続することであろう。」 大月敏雄

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