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n056『サン・セバスチャン 恐るべし避暑地』

旅行の最終は良いホテル(たいしたことはないが)というのが僕の鉄則。つまり、それまでは安宿ということだ。サン・セバスチャンはスペインやフランスの有名な避暑地で、しかも金土泊だから、ブッキング.コムでも高いのだろうが、バスターミナルのすぐそばはありがたい。モダンできれいなホテル。旧市街地まで歩いても30分。バスなら5分で、1.65ユーロ。しかし、オープンカフェは、ホテルのではなく、隣の普通のバルのテラスが良い。高齢者ばっかりだが・・・。ともあれ、本日は豪華な朝食(ビュッフェだが)をすませ、早々にバスターミナルに。ゲタリアまではバスで1時間ぐらい。ビルバオからの高速バスの1時間は16・85ユーロだが、サン・セバスチャンからゲタリアまでの1時間は、2.65ユーロ。いろんなまちを通ってくれて僕には最高のシチュエーションだ。ゲタリアは、もっとひなびた漁村かと期待していた? が、なかなかのリッチなヨットハーバーで、魚料理のレストランだらけの観光地? 砂浜もあって、太陽の上昇とともにみるみる大勢の海水浴客、日光浴客で埋まっていく。しかし、このスケールが人気の秘密のような気がする。現代の世の中、人間スケールの場所って意外に少ないかも。日本で見る情報って相当に怪しいことを再確認したが、ゲタリア自体は悪くない。感覚的に正しい情報を伝えるのではなく、求められる情報を流すのが雑誌などの手法のせいか。美しい景色、おいしい料理、本で見るだけの・・・。でも、気持ちは悪くない。おそらくここもいまや別荘避暑地で、その高台までのエスカレーターや現代美術館も悪くはない。しかし・・・、午後はサン・セバスチャンで過ごすことにしたのも正解だった。戻ってきたサン・セバスチャンの海岸は、人人人で埋まっていた。こんな光景を目にしたのは何年振りだろうか? 町の中も人人人。でも、悪くない。乾燥した湿度と気温のせいか。市街地はシェスタ・タイムのようで、一旦ホテルに帰って、夕方から出直すことに。夕方といっても、19時はまだまだ明るい。日中の34度(でも木陰は快適)が21度まで下がる。旧市街地までバス。そこからピンチョス・バル巡りだが、筆舌に尽くせない人人人人人・・・。ピンチョス・バル路地も人人人・・で、しかも、どの店も人人人・・だが、ピンチョス・バルは長居するところではなくハシゴするところで、とても流動的。その合間を縫えば、快適なバル。4店ほどハシゴすれば、もうおなかも満杯。町に戻れば、またまた人人人人人人・・・。信じられない光景。それでも快適なのが、このサン・セバスチャンのすごいところ。街中はお金持ちのリゾートといった風情ではなく(もちろん、お金持ちのリゾートもしっかりあるのだろうが)老若男女で溢れている。とっても健全で、とっても素晴らしい。たまに来るには素晴らしい・・・? 住むにはもっと穏やかなところが良いと思うけれど・・・。でも、本当に気持ちは悪くない。サン・セバスチャン、恐るべし避暑地だ。日本にはない。

No.163(2003.7.22)『講評会』 金曜日は三重大の課題の講評会。老朽化し建て替える公営住宅を、新しくつくる戸建ての配置と併せて提案するもの。背後に川の土手、土手には桜という東西に細長い敷地で、既存環境のサーベイをまず行い、その良さを発見し活かしながら、地方都市の集住環境のあり方を提案するもの。集住のヒューマンなスケールと、都市的、群的スケールの共存を提案する。細長い敷地を活かしたものがやはり良い。今年も小山さんにゲスト講評者として来てもらった他、敷地を管理し実際に建て替えを進める四日市市の方にも来ていただいた。今年からご一緒の香山研OBの富岡助教授、新しく曽根幸一アトリエから助手になられた木下さん、以前からご一緒の高井助教授、とのかけあい講評会であった。地域施設を新しく併存させることも課題に組み込んだが、敷地の長さを活かして「足湯」を取り込んだ作品がユニーク。銭湯と異なり、確かに見える風景になる。 No.164(2003.7.28)『海のない海岸』 「照りつける太陽もある、まぶしく輝く白砂もある、パラソルもヤシの木もある、ないのは・・・・海だけ、という「パリの海岸」がこの夏も20日からセーヌ河畔にオープンした。いつもは自動車専用道路だが、パリ市がバカンス中、車を閉め出して変身させた。パリというよりバリのような光景が続くのはセーヌ右岸。ルーブル美術館前から約3キロの「海岸」のあちこちには、ドリンクスタンドから貸本屋まで並んでリゾート気分は満点。初日のこの日は朝から、日光浴を楽しむ人や砂場でお城を作る親子連れなどで大にぎわいだった。ただし、目の前のセーヌ川は遊泳には不適。・・・「海のない海岸なんて」という批判の中、初めて試みた昨夏は230万人を集める大成功だった。この夏はベルリンやブダペストでもパリをまねた「海岸」が登場。内陸の大都会の不思議なビーチリゾートはちょっとした流行になりそうだ。」asahi.com 海無海岸! No.165(2003.8.04)『対岸に立つ』 「ヘブライ語の「ヘブライ」とは「対岸に立つ」ことを意味する。彼岸のようすを客観的に見て、それとは違う立場でものを考えるという含意がある。ユダヤ人は生まれながらにして、人と違うことをする者を尊ぶ民族なのだ。学問の世界においても、既存の領域を発展させるタイプより、アインシュタインやフロイトのように、それまで存在しなかった新領域を切り開くタイプが多いのも特徴だ。「笑い」もユダヤ人成功のキーワードの一つだ。ヘブライ語では、「ジョーク」と「叡知」とは同じ一つの単語である。長く国家を持たず、他国で生きてきたユダヤ人は、ナチスによる苛烈な迫害に代表されるように、常に差別を受けてきた。逆境下で生き延びるため、心の余裕としての笑いを絶やさなかった・・・笑いを誘うオチには意外性が必要だが、いかに意外性を持たせるかに腐心することが発想を豊にし新しいものを生み出す原動力に」週間現代

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